宮沢賢治「産湯の井戸」公開 H18.8.19

宮沢賢治生誕110年祭が盛大に開催されている真っ只中、8月の1ヶ月間だけ公開されているのが、賢治「産湯の井戸」。

宮沢賢治は、母イチの実家である現在の花巻市鍛治町「宮澤商店」で誕生しました。今回は、宮澤家のご協力を得てその産湯の井戸を見学できることになりました。


□■■■■<<賢治「産湯の井戸公開>>■■■■■■■□

宮澤商店社長の宮澤啓祐氏は、現在花巻商工会議所会頭、父史郎氏(宮沢賢治のいとこ)は町会議員、祖父直治氏(母親イチの弟)は花巻町長を務めるなど、今も昔も宮澤家は花巻きっての名家です。
宮澤商店さんの裏がお住まいになっていて、玄関を過ぎたところに早速現れたのが「産湯の井戸」。その奥(立ち入り禁止)は当時の建物や蔵があり、大正・昭和初期の風情が感じられます。

公開期間中は案内の女性が常駐しており、大変親切に説明をしていただきました。この井戸は約10年前までは実際に生活用水として使用されていて、今まで一度も水が枯れたことがないそうです。

実際に井戸を汲み上げてみましたが、これがなかなか重い・・・。井戸の水面から3mぐらいはあるんでしょうか。これでお風呂の水を汲み上げるとしたら、さぞや大変な作業だったことでしょうね。、蛇口をひねればジャーっと水が出てくる現代とは違い、当時の人たちの苦労がうかがわれます。

本日(8月19日)は、花巻もうだるような暑さ! ノドが乾いていたので、ゴクゴクと一気にひんやり冷たい水をおいしく頂きました。

それにしても気になるのが奥の蔵や建物・・・洋風の建物があったんですよ。

おそらく蔵だと思うんですが・・・中を覗いてみたい・・・

何が入ってるんだろう〜〜〜〜 

 
□■■↓(堀尾青史著 「年譜 宮澤賢治伝」参照)↓■■□
 
 
宮澤賢治は、明治29年(1896年)8月27日稗貫郡花巻川口町大字里川口(現花巻市豊沢町)で生まれたことになっています。

しかし実際は、母イチの実家、鍛治町の宮澤善治(宮善、現在宮澤商店)で誕生したのでした。それは当時は産院がなく、長子は母親の実家に戻って出産するのが常であったのです。

宮澤商店のある鍛治町地区は、豊沢川の伏流水が地下水脈を形成しているものとみられ、水量の豊富な井戸が各家にありました。この井戸は、母イチが宮澤賢治を出産する前から使用されていたものです。賢治生誕の当日、母イチは午前4時ごろ陣痛、7時出産と伝えられ、祖父善治にとっては初孫である賢治の出産で、宮澤家では、この井戸から水を汲み上げ、産湯を沸かして準備するなど、さぞあわただしかったことでしょう。

賢治の生まれた8月27日の5日後の31日午前5時、真昼岳(岩手・秋田県境)を震源とする「奥羽大地震」(マグニチュード7.2)が起きました。

この時、父政次郎は商用で不在。初孫を心配して、波のような揺れる地面をようやくふみしめながら鍛治町までたどりついた父方の祖母キンが見たのは20歳の嫁イチが、生まれたばかりの賢治をかばうために、のりかかるように上体をおおって、一心にお念仏をとなえている姿であったと伝えられています。
 


現在の宮澤商店 左が入口


これが「産湯の井戸」


早速汲み上げてみると、これがなかなか重い!


これでお風呂の水を汲み上げるとしたら・・・重労働


屋号の「宮善」は、母イチの父「宮澤善治」に由来


看板にあった「宮澤家略図


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